隠された経済的原理の進行
(経済学の哲学的、数学的展開)



本書のスタグフレーションについての紹介

物価の上昇や低下は好況、不況という経済循環との関係で一般的には現象する。
非兌換紙幣の発行が商品流通の必要量を超えるとき、価格の度量標準の事実上の変更、変化という。度量標準の事実上の変更は物価の上昇や低下の潜在的可能性というポテンシャルである。
紙幣の大増発と産業循環(景気循環)とは原理的には関係ないということから、度量標準の事実上の変更によって、かつて不況とインフレ(物価の持続的上昇)の同時並存という状態もあった。それをスタグフレーションという(不況でもインフレ・物価の持続的上昇の発現)。
再生産を主として輸入に依存している国は、為替変動による通貨の下落によって物価の持続的上昇、インフレ状態となる。
先進資本主義といわれる国でも、非兌換紙幣の無制限の発行による、度量標準の事実上の変更による物価の上昇の潜在的可能性というポテンシャルが、不況にもかかわらず、コロナの世界的大流行によるサプライチェーンの混乱と戦争の可能性の増大によって物価の狂乱現象が生じている。まさにスタグフレーションである。

本書P16から

(ⅰ) 度量標準の事実上の変更からくる不兌換紙幣の減価は、物価(P)上昇のポテンシャル、いわば(+)方向のベクトルポテンシャル(+Phと書く)である。一方、恐慌、不況の社会関係からくる強力なポテンシャル、いわば商品流通の停滞などからくる(-)方向のポテンシャルを(-Pℒ)と書く。
(+Ph)と(-Pℒ)の絶対値をそれぞれ|Ph|、|Pℒ|と書く。
第一の可能性は、恐慌、不況の原因、因果関係が解消していない場合、
 |Ph|(不兌換紙幣の乱発による物価に関するベクトルポテンシャルの絶対値)<|Pℒ|(恐慌、不況の社会関係からくる物価に関するポテンシャル)
の状況は、引き続き不況と物価下落であると仮定する。デフレである。

(ⅱ) |Ph|=|Pℒ|は、恐慌、不況の原因、因果関係は解消していないとすると、デフレ均衡である(第二の可能性)。

ⅲ) 恐慌、不況の原因、因果関係は解消していないとすると、第三の可能性の|Ph|>|Pℒ|(「物価P上昇のポテンシャル、(+)方向のベクトルポテンシャル」>「商品流通の停滞などからくる(-)方向のポテンシャル」)
の状況は、スタグフレーションという不況とインフレとの同時並存である。
マネタリストは、物価は発行される貨幣の量で決まると主張したらしいが、そのようなストレートな因果関係はない。しかし、不兌換紙幣の減価、価格の度量標準の変化なので、|Ph|(不兌換紙幣の乱発による物価に関するポテンシャルの絶対値)>|Pℒ|(恐慌、不況の社会関係からくる物価に関するポテンシャル)となる関係になるような不兌換紙幣の発行、乱発の累進的発行は、一国的には物価暴騰の抽象的可能性となる。
不況期(商品流通停滞期)に、どれほどの紙幣供出量の増大が、不況による商品価格の低下へのポテンシャルと不兌換紙幣の減価(インフレポテンシャル)との圧力比が両者の拮抗関係を変えるかは、物価上昇率と賃金率との背離が急速に現象するときに鮮明になる。なぜなら、雇用と関係する賃金上昇率は、個人消費需要に関する支払い能力の制限だからである。そして、賃金の下落率と上昇率は、恐慌、不況と活況、繁栄との産業循環(景気循環)の段階区分に一般的には対応しているからである。
もし、消費需要に関する支払い能力の制限にかかわりなく、物価が急激に上昇するときインフレと不況の同時並存というスタグフレーションである。それは紙幣の増発と産業循環(景気循環)とは原理的には関係ないということを抽象的に暗示している。

(注)マネーサプライが実質GDPより増加する速度が速いと通貨供給は過剰になり、通貨の過剰な供給がインフレの要因であり、インフレが続くには通貨供給が実質GDPより速く増加しなければならないといわれる。しかし、通貨供給が実質GDPより速く増加してもインフレにならないのは、信用貨幣価値の度量変更の発現は、需要つまり産業循環如何によるからである。景気循環は通貨供給とは別の原理で動く。
しかし、景気対策として不兌換紙幣を無制限に投げ込むならば価格の度量標準の変化は、恐慌、不況の社会関係の強力なポテンシャルとの拮抗関係がきかず、不兌換紙幣の交換手段としての機能が麻痺し、商品価値関係に関わり無しに、物価高騰として現象する。またスタグフレーションというインフレと不況の同時並存という状態もありうる。



ⅳ) (-Pℒ)が反転したとき、つまり繁栄、好況の時は(+Pℒ)と書くと、(+Pℒ)と(+Ph)であり、好況期の急速な物価上昇となる。古典的には、繁栄、好況とはそれまで不況期に蓄蔵された貨幣が生産資本(生産手段、原料、労働力等の購入)に転化するときであるから、生産財および消費財の需要が増大し、物価が急激に上昇する(注)

(注)蓄蔵された貨幣が生産資本に転化(生産手段、原料、労働力等の購入)とは、生産手段、原料、労働力等の需要のことであり商品価格は正(↑)のポテンシャル、需要が無ければ、価格は負(↓)のポテンシャルをもち、貨幣供給、あるいは紙幣の拡大(貨幣利子率あるいは紙幣利子率↓)による度量変更と拮抗する。 紙幣のある量Xがポテンシャルであるとき、(需要/供給)を過不足比とすると、過不足比とある量Xとの相互作用によってポテンシャルは発現する。生産財の需要と消費財の増大とは景気循環では時期的区別が一般的には存在し、また(需要/供給)の過不足比は、景気循環や利潤率の増減の作用をうける。


本書P95から

[7]フィリップ曲線の変容からみた賃金、失業 (1)フィリップ曲線 フィリップ曲線とは、イギリスの経済学者フィリップスが1862年から1957年のデータをもとに賃金上昇率と失業率との間との関係を示した相関図(58年に論文)である。 それは、19世紀後半から20世紀前半が賃金上昇率と失業率との間との相関関係において、景気の循環(不況、活況、繁栄、恐慌)をそのまま反映していたという点で経済史の一面についての実証的な研究であった。それは逆にいえば、この時代、産業循環が典型的な循環(古典的循環)をしていたことを示す。 以下でも、景気循環として①恐慌、②不況、③好況、④繁栄という経過発現を仮定するが、その現象形態の変容を見る。

(注)フィリップ曲線とは、賃金上昇率と失業率との間に存在する負の相関関係。


(イ)フィリップ曲線とは、賃金上昇率(縦軸)と失業率(横軸)との交点の軌跡が「右下がり」となっていたということである。
(ロ)サムエルソンによって賃金上昇率はインフレ率(縦軸)に差し替えられ、インフレ率(縦軸)と失業率(横軸)との交点の軌跡が「右下がり」となるというものである。(以後、ケインズ主義派はインフレ率(縦軸)に差し替えたフィリップ曲線をとりいれた)
(イ)のフィリップの賃金上昇率をとると、
不況のとき、賃金上昇率は下降(↓)―失業率上昇(↑)、活況になれば労働力需要の増大から賃金上昇率は上(↑)―失業率下(↓)で、恐慌、不況でも活況、繁栄でもどちらも(↓)(↑)と(↑)(↓)で逆方向である。これは1862年から1957年という100年ほどのデータから見ることのできた傾向である。景気循環に対応する賃金上昇率と失業率との相関を表していた。
景気循環に対応するに、①恐慌、②不況のとき、賃金上昇率は下降(↓)―失業率上昇(↑)、③好況、④繁栄のとき賃金上昇率は上(↑)―失業率下(↓)で、どちらも賃金上昇率と失業率上昇とは、二律背反、トレードオフの関係であった。
(ロ)サムエルソンのインフレ率をとると、 この場合、インフレ率=持続的物価上昇率とすると、賃金上昇率と失業率とのトレードオフとは必ずしもならない。公共投資による需要の増大、紙幣供出量の増大によって、不況期(商品流通停滞期)に、経済に諸変動がおこるからである。

「第1篇(2)フィッシャー貨幣数量方程式からの考察1の(ⅰ)」で定義した手法が役に立つ。 [度量標準の事実上の変更からくる不兌換紙幣の減価は、物価(P)上昇のポテンシャル、いわば(+)方向のベクトルポテンシャル(+Phと書く)である。 一方、恐慌、不況の社会関係からくる強力なポテンシャル、いわば商品流通の停滞などからくる(-)方向のポテンシャルを(-Pℒ)と書く。 (+Ph)と(-Pℒ)の絶対値をそれぞれ|Ph|、|Pℒ|とかく。]

不況による商品価格の低下へのポテンシャルと不兌換紙幣の減価(インフレポテンシャル)との圧力比が両者の拮抗関係を変えるかは、物価上昇率と賃金上昇率との背離が急速に現象するときに鮮明になる。不況による商品価格の低下へのポテンシャルと不兌換紙幣の減価(インフレポテンシャル)との圧力比が両者の拮抗関係を変えるかは、物価上昇率と賃金上昇率との背離が急速に現象するときに鮮明になる。
不兌換紙幣の減価、価格の度量標準の変化なので、
|Ph|(不兌換紙幣の乱発による物価に関するポテンシャルの絶対値) >|Pℒ|(恐慌、不況の社会関係からくる物価に関するポテンシャル)となる関係になるような不兌換紙幣の発行、乱発の発行は、物価暴騰となる。

(2)統計的相関
① 不況(-Pℒ)が反転したとき、つまり(+Pℒ)とは繁栄、好況の時であるから、(+Pℒ)と(+Ph)であり、好況期の急速な物価上昇となる。
古典的には、繁栄、好況とはそれまで蓄蔵された貨幣が生産資本に転化(生産手段と労働力の購入)するときであるから、物価が急激に上昇する。物価上昇率=インフレ率上(↑)かつ失業率下(↓)である。
しかし、次の「第2部」から本格的に述べる「利潤率の低下と利潤量増との相補性」が破れている段階では、いつでも「物価上昇率=インフレ率(↓)かつ失業率(↑)」である。

② 不況(-Pℒ)のまま|Pℒ|=|Ph|の均衡が破れるほどの通貨供給増大が継続されるなら、|Pℒ|<|Ph|増大。消費需要に関する支払い能力の制限にかかわりなく、物価が急激に上昇するときインフレと不況の同時並存というスタグフレーションである。雇用や失業と関係する賃金率は個人消費需要に関する支払い能力の制限であるが、それにかかわりなく、物価が急激に上昇する。
1970年代にスタグフレーションが発生した。インフレ率=物価上昇率と仮定しているから、物価上昇率上(↑)かつ不況時の失業率上(↑)となる。両者はトレードオフではなくなる。このように、フィリップ曲線において賃金上昇率に変えて、サムエルソンのインフレ率をとるとトレードオフになるとは限らない。だが、貨幣賃金率ではなく、実質賃金率をとると低下(↓)であり、かつ失業率上昇(↑)だから、両者はやはり二律背反である。しかし、利潤率の低下と利潤量増との相補性が破れているときには、物価上昇率=インフレ率(↓)かつ失業率(↑)である。

③1990年代以降、緩やかなインフレが進行したが、失業率が高まっていった。さらにデフレにおいてもインフレ政策、ケインズ政策がきかないと言われだした。なぜ、インフレの潤滑油効果が機能しないのか。それは経済の歴史的社会関係から生じた、慢性不況状態および利潤率低下状態、そのような危機から逃れんとしての無制限の紙幣発行、さらなる紙幣利子率低下政策によって生じた歴史的状況である。

④必要とされる貨幣流通量、あるいは貨幣(紙幣)の任意、恣意的な増減による経済変動や経済錯乱に対応して、金融緩和と金融縮小の繰り返しの信用サイクルが現れる。
アメリカではベース・マネーの増減の監理は、失業者数と関連せられて、貨幣供給量の増大は雇用増大のためとされている。中央銀行の中心的な業務は、貨幣の流通量やベース・マネー監視・監理といわれている。しかし、それは今日においては、貨幣の増減政策は任意、恣意的な政策の一つとしかなりえないのではなかろうか。
1970年代のスタグフレーションでは、物価上昇率上(↑)かつ不況時の失業率上(↑)となる。両者はトレードオフではなくなる。このように、フィリップ曲線において賃金上昇率に変えて、サムエルソンのインフレ率をとるとトレードオフになるとは限らない。このようにフィリップ曲線の縦軸にインフレ率を差し替えるのはサムエルソンらケインズ派の大いなる謬論であった。 しかし、インフレ率=物価上昇率にあわせた貨幣賃金率ではなく、実質賃金率をとると低下(↓)であり、かつ失業率上昇(↑)だから、両者は二律背反のような擬似相関を与える。今日では、二律背反のグラフのそれは明らかに擬似相関である。したがって失業者の増減がベース・マネーの増減の基準とされていても、それは根拠の薄弱なものであろう。
貨幣の任意、恣意的な増減は「為替変動」をおこす。それは事前に容易に推定できない数値を引き起こす。金利上下と賃金実質と名目、社会保障の実質と名目、税の実質と名目、および資産価格などの数値に。こうして、流通貨幣量の増減は、経済活動全般に影響を与える。