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1. この著作は、民族としての認識形成の具体的過去、その原初の一断片であるが、極めて根源的な問い―「邪馬台国および俀国の所在地」と「聖徳の秘密と実像」の究明を試みたものである。
タイトルは「阿蘇外輪山と『聖徳』―邪馬台国と俀国を求めて」で、その構成は第一部「古代奈保里―阿蘇―高千穂(増補)」と第二部「阿蘇外輪山と『聖徳』― 俀国天子・阿毎多利思比孤の没年、「己丑」の論証―」から成っている。
「旧唐書」は「日本国は倭国の別種である。」とあり、倭国条と日本国条を分けて記述し、倭国と日本国とが違う国であることを明示している。また「隋書俀国伝」には、俀国という国があり、その都については「邪靡堆が都でこれがいわゆる魏志の邪馬台である」として、俀国の都、「邪靡堆」が邪馬台国であるとしている。第一部「古代奈保里―阿蘇―高千穂」(増補)の主たる内容は、まさに「邪馬台国と俀国」の所在地の探求である。三国志魏志倭人伝と隋書俀国伝の双方の倭への行路がともに正しいと仮定して、邪馬台国への行程をそれぞれから独立に迫って、邪馬台国と俀国の所在を明らかにしたものである。また隋書俀国伝には、俀国には「阿蘇山が有る。その石が突如噴火により天に高く上がろうとする時、慣わしとしては異変とし祈祷の祭りを行う」とある。この著作は「阿蘇山が有る」という記述を一つの拠り所にもしている。第一部ではまた筆者が明らかにした邪馬台国と俀国の所在の正しさの根拠を論理と諸事実で示したものである。著者は先に非売品で第一部を出版した時にも邪馬台国や俀国の所在の現地域を具体的に特定したが、今回の出版ではいくつか増補し、特に「紫草と海石榴市」と[補論1 臭泉(くさいずみ)と鉄剣の草薙剣]において邪馬台国や俀国の所在の現地域を一層具体的に特定した。
第二部の「阿蘇外輪山と『聖徳』― 俀国天子・阿毎多利思比孤の没年、「己丑」の論証―」は、第一部の成果を基礎としながら、第一部の継続、発展として、俀国と日本国との相克と俀国の崩壊過程および倭国を併合した、新日本民族形成の過程を追ったものである。
第二部の際立った特長は、隋使節団の俀国への経過行路をそれぞれ具体的地名で明らかにし、隋書にある俀国天子・阿毎多利思比孤の所在と実像を追求し、また俀国天子・阿毎多利思比孤の没年を証明したことである。その過程は、「聖徳」の実存を証明し、「聖徳」の実像を明らかにするものでもあった。
また第二部では三国志魏志倭人伝、隋書俀国伝などの中国史書と日本書紀、古事記との対応関係の媒介変数として、豊後の真野長者伝説を取り入れた結果、昔からの物語的な伝承によって堅くるしい文筆に潤いとロマンを与え、有意な歴史再生が得られたと思う。
2.地球上の万物は、宇宙のエネルギーによって産生されたものである。生命の発生や人類の発生、進化と未来を展望することも研究の重要なテーマの一つだという宇宙論の研究は、全て過去の光の人間認識への反映に負っている。すべての人間は過去によって形成され、現在を生き、未来がある。そして、先祖からの複雑で曲折ある歴史的諸条件を負わされて生き、また曲折ある未来を創造している。
中でも民族という共生体は、複雑で怪奇な過去を背負っている。民族は、歴史的に形成されたものであり、歴史的産物である。民族の形成は、また文明史そのものでもある。文明史は、種族間の闘争と和解、共同体間や地域間の闘争と和解であり、その過程で言語、宗教、哲学、文化などの共通性や共有性の観念が生じた結果、民族が成立した。この観念やアイデンティティの形成は主として古代において経験したものである。
民族の形成の偉業の過去(もちろん負の遺産もある)を振り返るとき、記述があり、そのもとでの歴史認識の形成化がある。そこには事実の変造や擬制が避けられない。歴史記述者の困難は、真実と支配者との相克にある。とりわけ、種族、民族の対立問題、王権間、諸宗教間、宗教と王権(例えば王法と仏法)などの対立などの記述の支配者にとっての適、不適は、過去いつでも波乱をともなう困難な作業であった。歴史のそれは今も続き、現代史こそは相克と争いの渦中にあるものであろう。だからこそ歴史を学ぶ価値があろう。
「阿蘇外輪山と『聖徳』―邪馬台国と俀国を求めて」というタイトルや目次、特に二部の目次を見て、突飛な発想とか奇を衒ったものという先入観をもたずに、是非、本書を一読されたい。本書を最後まで読み進められたなら、本書の編み上げられた重層構造から古代史の真相が顕われ、ロマンが必ずやふくらむことでしょう。
2013年3月10日